島田洋七 がばいばあちゃん 嘘(ウソ)? がばい妻の真相・・・

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島田洋七 がばいばあちゃん 嘘(ウソ)? がばい妻の真相・・・

島田洋七のがばいばあちゃんは嘘(ウソ)だった?
ビートたけしが語ったのは『がばい妻』の真相とは・・・

タレントで漫才師である
元B&Bの島田洋七さんが過去の栄光を捨て
佐賀でがばい妻と暮らす生活が
TVなどで話題になっております。

島田洋七さんのプロフィールを確認してみましょう。

芸名 島田洋七(しまだ ようしち)
本名 徳永明広(とくなが あきひろ)

生年月日 1950年2月10日
広島県広島市出身

広陵高校に野球特待生として推薦入学します。
その後広島工業大学に進学しましたが中退してしまいます。

家族は洋七さん含めて3人家族でした。
父親は広島の原爆投下後に爆心地を歩き回った時に
被ばくをしてしまい、洋七さんが生まれた時には
病床にいて、その後亡くなるという悲しい過去がありました。

そんなことから、島田洋七さんが6歳の時から
中学生までの間は佐賀県に住むおばあちゃんに預けられて
その体験を元に『佐えす賀のがばいばあちゃん』として
書籍や映画でベストセラーになりました。

島田洋七 がばいばあちゃん 嘘(ウソ)?

がばいばあちゃんは書籍でも大ヒットして
印税で数億稼いだとも言われています。

がばいばあちゃんのヒットから
島田洋七さんには講演依頼が殺到したのですが

地元の佐賀では、がばいばあちゃんの美談とい言いますか
『ボロは来てても心は錦』の教えを説いた
おばあちゃんですら、洋七さんと一緒に暮らしていない。との
同級生の証言も見られました。

実際に書籍にも恩師として登場した方は
あまりにも事実と違いすぎていると
クレームを出版社に言ったとも言われております。

そのため、盛りすぎた話しは
重版分からカットされてしまったようですね。

島田洋七 がばい妻の真相・・・

がばいばあちゃんで一躍有名になった
島田洋七さんですが、そのがばいばあちゃんは
ばあちゃんではなく『がばい妻』だったのでは?
という事が今、話題になっております。

それは、親友であるビートたけしさんも語っており
過去の極貧生活を支えた洋七さんの妻との真相を告白しております。
また、輝かしい成功を収めた東京を捨ててまで
田舎町の佐賀で暮らす理由も・・・

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そもそも、『がばい』とはどんな意味?

がばいばあちゃんや、がばい妻とも
言われておりますが、がばいとはどんな意味なんでしょうか?

『がばい』とは佐賀の方言で
とても とか非常に という意味で使われているようです。

島田洋七さんの「佐賀のがばいばあちゃん」ですが
これには、誤りがありそのままでは
「佐賀のとってもばあちゃん」になってしまうようですね・・・

まあ、ニュアンス的にはわかりますけど・・・

そんな島田洋七を支えたのは妻であり
幼少期は祖母だったということですね。

大成功の裏には、たくさんの人の支えがあり
さらに、がばい人に支えらていたということが言えると思います。

そんなおごらない姿に、島田洋七さんの人柄が伺えますね。
今後の島田洋七さんのご活躍を期待していおります!

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